自分の気持ちに正直に
ていねいな暮らしを目指して

Profile

藤原 佑輔

35歳 NPO法人森の生活勤務(現:自然案内など「のらねこ屋」)
北海道札幌市出身 2017年移住


生活の中の「今の暮らし、しっくりこないな」という違和感は、時折心の片隅に一筋の煙のように立ち上がってきます。けれど、多くの人は見てみぬふりをしてしまうのではないでしょうか。その煙は、放っておくと無意識のうちに、どんどん心を覆い尽くします。違和感という煙を打ち消し、より良い生き方へ変化するのは、ルーティーン化した日々を壊すことでもありますから、ときに勇気が必要です。札幌出身の藤原さんは、「なんか違うな」という一筋の煙を見逃さず、下川町へ移住してきました。下川暮らしを始めて3年目。どんな違和感を持ち移住したのか、その煙は下川へ来て消えたのか、いまの暮らしぶりを伺いました。

interview:2019年12月

藤原 佑輔

NPO法人森の生活勤務 北海道札幌市出身

「淡々とやればいいから」。

大学を卒業してから、札幌で公務員として働いていました。残業も多くて、家に帰るのはいつも深夜で。休日も、よく職場へ行って仕事をしていました。休みの日は一週間分の掃除や洗濯をしたり、録画しておいたドキュメンタリーや映画を見たりもしますが、外を出歩く気力と体力はあまりなく、仕事以外で外出することはほとんどなかったように思います。

働き始めてしばらくして、上司から「淡々とやればいいから」と言われたことがありました。当時は「わかりました」と返事をしたものの、虚しさのようなものを感じました。

「日々の時間を費やして取り組んでいるこの仕事は、本当に誰か困っている人の期待に応えるものなんだろうか。自分がやりたいことなんだろうか」と違和感を覚えて、そこから道内外を問わず、4年ほどかけて転職先を探しました。

転職先は、道外・道内こだわらずに5年間くらいかけて探していました。もともと営業のような、需要のないところに需要を作って稼ぐ仕事は好きじゃなかったから、困っている人のためになるような仕事がしたくて、NPOを中心に情報を集めていました。その中で、NPO法人「森の生活」の求人をウェブで見つけて。趣味レベルだけど自然が好きだったし、町の活性化に興味があったし、おもしろそうだなと。さっそく問い合わせて、まずは「みくわの日」という、「森の生活」と町民有志が月に一回開催している森の遊びイベントに参加しました。

同じタイミングで、NPO代表の麻生さんが、町内を案内してくれて。仕事を知るためにもインターンの制度などがあるのか尋ねたら「募集はかけていないけど2月のアイスキャンドルミュージアムで森の焚き火バーをやるから、もしよかったら手伝いに来てください」と提案してくれました。それで、数ヶ月後にもう一度、今度は10日間ほど下川町に滞在したんです。

最初に下川町に来たときに、町民同士の月1の交流会「タノシモカフェ」にも参加しました。そのときに「森の生活」の職員以外の人とも知り合えて「早くおいでよ。『森の生活』以外にも仕事があるよ」と言われました(笑)。下見に行く前は、村八分のような雰囲気だったらどうしようかと不安でしたが、ここなら話しやすい人も多そうだし、大丈夫だなって思えました。

藤原さんのー日

On

08:00 起床
08:30 苔に水やり
09:00 出勤・メールチェック
10:00 下川町認定こども園の「森のあそび」
12:00 はるころカフェでお昼
13:00 みくわが丘の整備
15:00 「森さんぽ」下見
18:00 帰宅・買い物
19:00 夕食
20:00 お風呂
21:00 録りためたT V番組を見る
0:00 就寝

OFF

07:00 起床
07:30 苔に水やり、朝食
09:00 渓和森林公園で自然観察、森のドライ植物をちょっぴり採取
12:00 はるころカフェでお昼、おしゃべり
15:00 木工芸センターへ遊びに行く
18:00 買い物
19:00 「アポロ」で夕食
20:30 「あそべや」でボードゲーム会
0:00 帰宅
01:00 就寝

札幌ではできなかった、贅沢な時間の過ごし方

「森の生活」に入ってからは、幼小中高一貫の森林環境教育の企画・運営や、森の体験のガイド、それから町から指定管理を受けている森「みくわが丘」の管理を担当しています。仕事は忙しいですが、フレックス制なので自由に過ごせる時間は札幌にいた時よりも増えました。お気に入りの飲食店でごはんを食べたり、森に遊びに行けたり。札幌でも、森は近いところにあったんです。でも仕事のことがいつも頭にあって、心ここにあらずでした。下川に来てからは、1時間だけ森に行くつもりが2時間くらい過ごしていたりするけど、焦らず「まあいっか」って思える。時間に追われることが少なくなりました。

藤原さん行きいつけの「はるころカフェ」

休日はここでコーヒーを飲み、のんびり

それに都会だと、目の前に人がいるのにいないかのように振る舞ったりしますよね。あの無機質な感じが好きじゃなくて。飲食店も、ほとんど会話がないまま出された料理より、お店の人と話しながら食事をする料理の方が、美味しく感じられる気がします。今は森に一緒に行く仲間がいるし、ごはんを食べに行ってお店の人と話し込むこともある。下川なら、どこへ行ってもきちんとコミュニケーションを取れるのが、いいなと思います。

下川で出会った人の生き様が背中を押してくれた

下川町に来てからいろいろな人に出会ったけど、手に職がある人が多くて「いいな」って思います。僕の知識は広く浅いから、興味のあることとかワクワクすることに、もっと時間を割きたいなと感じるようになりました。収入を落としてでも、お金にならないことでも、やりたいことをやりたい。その中で、次の動きを探っていく方が有意義な時間かなって。だから、最近はわがままを聞いていただき、週3勤務に変えてもらいました。

自由な時間でやりたいことは、いっぱいあって……まずは、木工。これという作品を作りたいわけではなくて、木工作業の手伝いを通して、何か作れるようになりたいです。そうすれば稼がなくても必要なものを自分で作れて、生きていけるんじゃないかなって。それに、お世話になっている人の役に立てたら楽しそうだな、と。

あとは、苔。苔が好きで何かしたいなと思っているんですが、動き出せずに中途半端になっちゃってるんですよね。だからまずは、苔をもっと勉強して、理解を深めたい。地衣類、石も勉強したいし……動物や鳥も観察できるようになりたいですね。この時間、この場所に行ったら、どういう動物が観察できるのか、分かるようになったらもっと楽しいだろうな。

それから自分の日常生活を楽しみたいです。もう少し料理や洗い物や掃除を小まめにして、湯船に浸かる日を増やして、草ぼうぼうの庭に食べ物を植えて、映画を観て、ゲームして、読書して……などなど。

忙しさを理由に、できていなかった自分らしい贅沢な日常を、これからは過ごしていきたいですね。ゆとりの中で生まれたアイディアを、次のやりたいことにつなげていきたいんです。

札幌だと、そういう暮らしをするのがなんとなく不安で、できなかったんですよね。仕事を減らして、好きなことに時間を割くという生活が、人の道から外れてしまうような感覚があって。でも、下川に来てから「そんなことないな」って思えるようになりました。どこを歩いても、道になるんだろうなって。新しい価値観をもらえたから、不安に感じることは少なくなりました。きっとなんとかなるだろうなって、今は思います。

タマゴケ(写真提供:藤原さん)

シノブゴケ(写真提供:藤原さん)

Text:Misaki Tachibana Photo:Yujiro Tada

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