佐藤 飛鳥さん
佐藤飛鳥さん

下川町に来てから、
自分の世界が広がった

Profile

佐藤 飛鳥

25歳 
埼玉県出身 2017年移住


人口の少ない地域での暮らしは閉鎖的、というイメージは、決して珍しくないのではないでしょうか。声優の専門学校に通っていた佐藤飛鳥さんは、進路を考えた末、自力で下川町を探し出し、足を運び、埼玉から移住しました。約5年間の暮らしの中で、佐藤さんは「下川町に来てから自分自身が変わって、世界が広がった」と話します。その背景には、佐藤さんが下川町で出会った人々の、あたたかい寛容さがありました。

interview:2021年11月

佐藤飛鳥さん

佐藤 飛鳥

埼玉県出身

佐藤飛鳥さん

声優志望から進路変更、酪農業の道へ

もともとは高校を卒業して、声優の専門学校に2年通っていました。2年生になると進路を決めますが、学生のほとんどはプロを目指します。自分はプロではなく、一般就職の道を選びました。声優の専門学校だから、ふつうの会社に就職するための情報は何もない。自分で探すしかなくて。だから、まず自分に何が向いているのか知るために、適職診断を受けました。そしたら、診断結果の中に「酪農」というキーワードを見つけました。その診断以外にも、仕事について調べる中で酪農という言葉をよく目にするようになったから、気になり始めたんです。で、「酪農といえば、北海道だよな」と思って、北海道のことも調べ始めたら、ちょうどそのタイミングで浅草で移住フェアと、池袋で農業セミナーが開かれると知りました。しかも同じ日に開催されることが分かって。

じゃあまず移住フェアに行ってみようと思って、足を運んでみました。会場には自分くらいの世代の人はほとんどいなくて。当時19歳だったんですけど、イベント自体が「老後を田舎でのんびり過ごしましょう」っていう、退職者向けだったんですね。だから、全然相手にされませんでした。でもせっかく来たし、とりあえず情報だけでも集めようと思ってパンフレットとかを見ていたら、突然「温泉好きですか」って話しかけられたんです。「誰だ、この人」って思ったんですけど(笑)「はい、好きです」って答えて話をしたら、下川町っていう町の役場の人だと分かって。言われるがままに下川町ブースに着いて行きました。「どうしてこのフェアに来たの?」って聞かれて、いろいろ会話をする中で、すごく親身になってくれるなと思いました。他の地域の人には見向きもされなかったから、今でもすごく印象に残っています。それまで自分も下川町のことを知らなかったけど、話をしているうちに興味が湧いてきて、「ふるさとワーキングホリデー」(*)という制度を教えてもらいました。それが、下川町との出会いです。

(*) 都市に暮らす若い人たちが、一定の期間、地域に滞在し、働いて収入を得ながら、地域の人たちとの交流の場や学びの場などを通して、通常の旅行では味わえない、地域を丸ごと体感してもらい、地域とのかかわりを深めてもらおうという総務省主催のプログラム。ポータルサイト参照

佐藤飛鳥さん

3週間の滞在を経て移住を決意した理由

移住フェアの後に、農業セミナーにも行って担当の人と話をしました。その後も下川町の人と連絡を取り合って、「ふるさとワーキングホリデー」の制度を活用して、3週間、しもかわ観光協会でお世話になることが決まりました。初めて下川町に来たのは、2017年2月です。観光協会の事務局長の高松さんに連絡を取って、迎えに来てもらいました。オンラインで面接をしていたから顔は知っていたけど、会うのは初めてだったので、緊張しましたね。

2月はちょうど、アイスキャンドルミュージアムっていうイベントが行われる時期です。自分は、そのお手伝いをすることになりました。当時ちょうど「移住者カフェ(現・タノシモカフェ)」が始まったばかりで、観光協会事務局長の高松さんに高松さんに「僕も行くから一緒に行こう」って誘ってもらいました。初めて会う人ばかりだったから緊張していたけど、「どこから来たの?」っていろんな人に声をかけてもらって。挨拶回りをしたり、仕事で知り合ったりすることはありましたが、「移住者カフェ」では、仕事とは関係ない立場で、下川町の人とたくさん交流できました。

いろんな人と知り合ううちに「下川町、いいな」って思うようになりました。正直、19歳の若造だし「部外者だ」って思われて受け入れられないかもなって思っていたんです。でも、自分に興味を持って話しかけてくれる人が、すごくたくさんいて。あとは「やりたいことを口にしたら、いろんな人が応援してくれる。挑戦しやすい町だよ」という話も聞きました。住んでいる人たちの、あたたかみを感じて、当時自分が持っていたイメージを、いい意味でガーンと壊されました。

学生の時は関東に住んでいたけど、例えば誰かが転んでも無視するような雰囲気が、都会にはあったと感じます。正直自分も「他人がどうなろうと知らない」と思っている部分がありました。そういう環境が当たり前だったけど、下川町に来て、隣にいる人に対して気を配るというか……面倒を見てくれる人がたくさんいる環境が初めてで、いいなと思ったんです。

就職活動も兼ねていたので、3週間滞在している間に、いくつかの会社も見学させてもらいました。その中の一社に、採用してもらえることになって。4月には、もう下川町に移住することを決めました。

佐藤飛鳥さんの一日

ON

07:10 起床
07:40 家を出る
08:00 出勤
12:00 昼食
13:00 作業再開
16:00 現場作業を終え事務所へ
17:30 退社
17:40 帰宅、身支度を整える
18:30 家を出て稽古場へ向かう
19:00 稽古スタート
22:00 稽古終了
22:30 帰宅
01:00 就寝

OFF

08:00 起床
10:00 朝食食べたり、掃除をしたりゆっくりする
11:00 台本確認
12:00 「コーヒーのアポロ」で昼食
14:00 帰宅
15:00 自由時間
16:00 台本確認
17:00 食事の準備
18:00 夕食
18:30 家を出て稽古場へ向かう
19:00 稽古スタート
22:00 稽古終了
22:30 帰宅
00:00 就寝

自分から行動するようになったのは下川町で暮らし始めてから

実際に暮らし始めて、もう5年くらい経ちますが、人があたたかいなって感じた最初の印象は、今も変わっていません。住み始めて、困ったことがあったら助けてもらったこともあります。「やりたいことを応援してくれる」という話は、引っ越す前はあんまりイメージが湧かなくて。でも今は、本当にチャレンジしやすい町なんだなと感じます。

例えば、引っ越してきて3ヶ月後の7月に「森ジャム」というイベントがありました。もともと声優を目指していたこともあり、人前で何かを発表したり演じたりすることに自信があったから、「森ジャムで朗読とかできないかな」ってポロッと誰かに言ったんです。そしたらその話がとんとん拍子に進んで、実際に森の中で朗読をやることになりました。

自分は一般就職を選んだから「専門学校の卒業公演が自分の人生で最後の芝居だ」と、もう芝居に関わることはないと思っていました。でもまさか、またやることになるとは思ってもみませんでした。しかも、下川町で。

2020年2月に開催された町内のイベント「アイスキャンドルミュージアム」の様子(写真:筆者撮影)

2021年3月に上演した『ことはじめ』(写真提供:佐藤飛鳥)

それから、芝居に対する熱がまた復活してきて、公演を観に行ったり、芝居ができる環境を探したりするようになりました。2018年6月には、初めて隣町の名寄市で舞台に立たせてもらって。芝居仲間もできて、人脈がどんどん広がりました。移住した当初は、知り合いができるのは下川町の近隣くらいかなと思っていたけど、芝居に関わるようになったらどんどん広がって、今では旭川市や滝川市でも、連絡を取り合う人ができました。

もともと自分は、人の輪に関わろうとする人間ではなくて。でも、知らない人の集まる場所に出向いて、誰かに話しかけるとか、自分から行動を起こすようになったのは、下川町に来てからです。下川の人たちが、初対面にもかかわらず自分に興味を持って話しかけてくれたからかもしれません。それに、自分がやりたいと言ったことを、応援してくれる人が下川にはたくさんいたからかもしれません。芝居だけをやりたいなら、札幌とか東京に住んだ方がいいかもしれないけど、自分はそういうわけではないし、下川町が好きだから。ここに住みながら、芝居とか自分が興味のあることに関わり続けたいって思いますね。

初舞台のあとも「アイスキャンドルミュージアム」で朗読をやったり人形劇をやったりしました。士別市朝日町の市民劇が主催の2021年3月の公演では、主役・座長をやらせてもらいました。劇場には、下川町の人もたくさん観に来てくれました。最近、名寄市の劇団にも入れてもらったから、次の公演でも、前回の反省を活かして、もっといい芝居をしたいなって思っています。下川町でも、何か新しいことができたらなと。例えば自分で人形を手作りして、人形劇をやったり、影絵をやったり。

自分は生まれも育ちも埼玉県だから、下川町を初めて知ったときに「自分の知らない世界があるんだ」という驚きがありました。実際に下川町で暮らしてみて思うのは、自分の知らない世界がまだまだたくさんあるんだなっていうこと。インターネットや本で調べる情報よりも、五感で得られる情報っていうのは、すごくたくさんあるんだなって、下川町で暮らし始めて実感しました。今後、ちょっとでも行ってみたい、やってみたいって思うことがあったら、どんどん行こう、やってみようっていうふうに、思っています。

Text:Misaki Tachibana   Photo:Yujiro Tada

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