尾潟 鉱一
尾潟 鉱一

楽しいことを見つければ、人も未来もつながっていく

Profile

尾潟 鉱一

イラストレーター・デザイナー
大阪府出身 1984年移住(本人は社会人を下川から始めただけで、移住とはあまり思っていない)


「新しいことを始めるのに、遅すぎることなんてない」。口で言うのは簡単です。年齢にかこつけて「今更やっても仕方ない」と無意識にあきらめていること、遠ざけていることが、実はあるかも。でも、新しいことにチャレンジしたり楽しんだりしている人生の先輩がいると、生きる勇気が湧いてきます。そして、下川町にはそういう大人がたくさん暮らしています。尾潟鉱一さんも、そんな大人の一人です。大学卒業とともに下川町に引っ越してきた尾潟さんは、大阪の市場から紹介されてフルーツトマトを地域で初めて作り始めました。フルーツトマトは、今では下川町を代表する特産品になっています。その後、尾潟さんは農業とは違う分野の仕事に就きますが、チャレンジ精神は健在。いまどんなことにワクワクしているのか、ご自宅へ伺って聞いてみました。

interview:2023年3月

尾潟 鉱一

尾潟 鉱一

イラストレーター・デザイナー 大阪府出身

尾潟 鉱一

息をするように絵を描く

この前、舞踏家の友達がショーをやるから観に行って、そのときの様子をスケッチしました。今日も、本当なら僕がふたり(カメラマンと筆者)を描きたいくらい。

いま実家が東京にあるから、帰ったらよく美術館やギャラリーに行きます。この近くではなかなか見られない作品に触れることができるから、ときどき都会へ行くのは楽しいなと思います。美術展に行ったら、作品を模写することもあります。作家のエキスを吸い取るっていうか、自分の身にする感覚があって。

美術展は、鑑賞するものというより、自分の体に取り込む食べものだと思っています。僕、写真を撮るのも好きだけど、カメラだと一瞬で判断して見たものを切り取ってしまう。それも楽しいけど、絵はすみずみまでじっくり見るでしょ。その違いが、いいよね。

描く絵はどんどん変わってきたけど、自分が目指したいのは、これ。子どもの頃描いたんだけど、すごくシンプルな線で、迷いがない。上手いとか下手とかではなくて、今でもああいう線が描きたいなと思って飾っています。僕の原点です。

尾潟 鉱一
尾潟 鉱一
尾潟 鉱一

尾潟さんが子どものころに描いた絵

尾潟 鉱一
尾潟 鉱一

農業をやるために下川へ

絵を描くことは、子どものころから好きでした。生まれたのは大阪なんだけど祖父が大阪でチョコレートの工場を経営していて、そこで余った包装紙にいつも絵を描いたり、高校生のときも友達に頼まれて描いたりしていましたね。

尾潟 鉱一

北海道に来たのは、酪農を学びたかったから。酪農学園大学を卒業して、下川町に移住しました。当時の下川町の農家では「農家として育てられるものが何もない」と、よく聞かされました。たまたま僕はアンデス原産のトマトにあった水切りという、水を極力与えない方法でミニトマトとズッキーニを育てていました。

他の産地が出荷しないタイミングで売っていたから、高価で買取してもらえて。大阪の市場の仲買人に「ミニトマトがこんなに甘く美味しく作れるなら、アンデス地方が原産のフルーツトマトも育てられるかも」と教えてもらって。そのあとフルーツトマトを作り始めました。

尾潟 鉱一

ただ、農業だけを志していたわけではなくて、福祉の分野にも興味があって。住む場所に下川町を選んだのは、ちょうど大学を卒業するタイミングで僕の先輩に、隣の福祉施設の立ち上げに誘われたからでした。1983年から始まった、精神に障がいを持つ人たちのための日本で最初の施設です。

その誘いを受けて、福祉の側からではなく農業の視点から障がいのある方々を受け入れたいと考えて、お手伝いを始めました。立ち上げ時期をボランティアで手伝っていましたが、1997年からは社会福祉士と精神保健福祉士として、その施設で働き始めました。

農業も楽しかったけど、フルーツトマト作りは他の農家さんに任せて福祉の仕事に集中することにしました。障がいのある方々の相談を受けたり、一緒に畑作業をしたりするのは、とても勉強になりました。よく周りから「オープンマインドだね」と言われるんですが、その時の経験のおかげだと思っています。

尾潟 鉱一

ただ、キャリアを重ねると、なんとなく役職も固定されるし将来への想像がついてくる。50歳くらいから、仕事に追われつつも絵を描いていたんですが、好きなことに集中したいと思い、60歳になる前に退職しました。

人生のレールが見えたら新しいことをやろう

退職を機に、職業訓練校に通ってウェブデザインを学びました。2021年6月には個人事業主として独立して、チラシや本の表紙、ウェブサイトのデザインやイラストの仕事をしています。ときどき福祉施設の仕事も臨時で手伝っていますよ。福祉の仕事や利用者の方々のことは、今でも好きだから。

尾潟 鉱一

施設で働いていたときは、家と職場の往復に精一杯で地域の人と仲良くなる機会はありませんでした。だから下川町に住んでいるけど町内に友達はあまりいなかった。唯一「モレーナ」には、オープンしてからずっと通っているかな。

でも今はどこかのお店に行けば誰かに会って声をかけたりかけられたりするし、デザインの仕事を頼んでくれる友達もできました。下川には、いろんなジャンルや年齢層の人と繋がれるお店がたくさんあります。都会なら、マニアックなお店にマニアックな人しか来ないけど、下川だとお店やイベントにいろんな人が来る。お客さん同士も、ゆるくつながっていることが多いです。だから、いろんなところで知り合って友達と友達がつながっていく、ということが起きます。馬が合って楽しい人とは、すごい勢いでつながるのが、下川のいいところです。まあ、だからいろんな誘いや声がかかって忙しくなっちゃうんだけど(笑)。

自分に価値があるから人脈が広がっていくというよりは、みんなの良さを通してつながらせてもらっている感覚が近いかな。「俺は顔が広いんだぞ」みたいな人は、ほとんどいないです。だから居心地がいいし楽しそうな雰囲気が保たれていると思います。楽しそうな人がいれば、それに惹かれて自然と人も集まってくると思うし。そういう空気の中で、自分も自由に遊ばせてもらっています。

僕自身はこれまで、人生のレールが見え始めたら新しいことをやってきました。わがままかもしれないけどね。58歳で中型免許を取って、バイクに乗るのが楽しくて大型バイクの免許も取りました。バイクに乗って絵を描きに行くこともあります。最近は、生まれて初めてパスポートを取りました。海外に行って絵を描きながら旅ができるといいなって。仲間とやっている陶芸も好きですね。

絵を描くことから派生して、新しいことに挑戦している感じです。もともと新しいものが好きな性格なのもあるけど、何かを始めるのに年齢は関係ないなと思います。

尾潟 鉱一の一日

ON

08:30 宿直から帰宅
09:00 朝食
10:00 下川町の図書室でデザインの仕事
12:00 疲れたら「ハルコロカフェ」へ。「ケータのケータリング」で昼食
13:00 図書室で仕事の続き
18:00 買い物して帰宅
18:30 自宅で夕食
19:00 仕事のつづき、気分転換でギターの練習
19:00 就寝

OFF

07:30 起床
08:00 朝食
09:00 自宅でギターを弾いたり絵を描いたり、音楽を聴いたりコーヒーを淹れたり
12:00 「モレーナ」で昼食のカレーを食べ、ゆっくりする
15:00 「モレーナ」を出発
18:00 士別市のライブハウスへ友人とジャズライブを聴きに行く(このライブハウスのウォールアートは尾潟さん作)
22:00 帰宅
00:00 ワイン飲んで就寝

Text:Misaki Tachibana   Photo:Yujiro Tada

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