周りの熱意に導かれ、今度は自分が受け入れ側に

Profile

田中由紀子

株式会社下川シーズ 代表、地域学校協働活動推進員、ときどき精肉店「肉のキクチ」勤務


地域おこし協力隊制度が始まったのは2009年度のこと。東京出身の田中由紀子さんも、2016年度採用の協力隊として下川町へ移住しました。「引っ越したばかりの頃は(下川町から)出て行こうかと思った」と笑う田中さん。地域の方々の熱意に触れ、少しずつ変化していった心の内も含めて、下川町での暮らしの軌跡を伺いました。

interview:2024年9月

田中由紀子

田中由紀子

東京都出身 2016年移住

人とのつながりで変わり始めた

下川町を初めて訪れたのは2016年、協力隊の採用面接のときでした。脚本家の倉本聰先生が立ち上げた「NPO法人C・C・C富良野自然塾」でガイドとして働いていましたが、もう少し人口の少ない小さい町で暮らしたいなと思って。地域おこし協力隊の採用をしている道内の市町村を探していたら下川町を見つけました。仕事を通じて、NPO法人「森の生活」(以下、森の生活)の麻生(翼)さんと知り合っていたため、町の名前だけは知っていました。

なぜ協力隊の枠組みで移住先を探していたのか、はっきりとは覚えていませんが、移住前の下見をしなくても「麻生さんが住んでいる地域なら」と、なんとなく不安にはなりませんでした。

私の協力隊としての仕事は、しいたけ栽培の仕事や移動販売の運営など。起業や事業承継のような、任期満了後の具体的なゴールが与えられていたわけではありませんでした。当時の役場は、制度をどう活用したらいいのか手探りだったのだと思いますが、私も戸惑うことが多くて……最初の数ヶ月は「もう(協力隊を)辞めて帰ろうかな」とすら思っていました(笑)。

そんな頃、参加したのが移住者カフェ(現タノシモカフェ)です。ふだん、一の橋という市街地から離れた地域に住んでいたこともあって、コミュニティが思うように広がりませんでした。でも、移住者カフェに行って初めて、今まで知らなかった地域の人たちと繋がることができました。その日から少しずつ、町内で会ったら挨拶し合う関係性ができて、救われましたね。もしあの時、移住者カフェに参加しなかったら、下川町から出て行っていたかもしれません。

右2つはボランティアスタッフとして参加した「森ジャム」のオリジナルバッジ

移住者カフェに参加してからは、いろいろな機会を通じて、人間関係が少しずつ広がっていきました。例えば、夏に開催している「森ジャム」というイベントの実行委員会に参加したときも、「フプの森」の田邊真理恵さんをはじめ町内で暮らしている人たちと知り合えたり「下川りくらしネット」*(以下、りくらし)という有志の集まりでも、いろいろな世代や職種の女性たちと話ができたり。みんな、パワーがあるんですよね。何かを形にしていく意欲と熱量がとても高くて、町のために、おもしろいことができないか一生懸命考えて、実践している。その熱量に引っ張ってもらって、ここまで来たという感じです。これまで出会い、いま身近な人たちの存在が、私が下川町で暮らし続ける理由ですね。

*下川りくらしネット:2018年に地域のビジョン「2030年における下川町のありたい姿」を策定する際、町民委員として携わった女性を中心に結成された町民グループ。

いろんな方面から”まちづくり”に関わるように

協力隊の頃からまちづくりに関わるようになりましたが、思い返せば「町をより良くしたい」という思いが芽生えたきっかけは「りくらし」だと思います。

初めて「りくらし」のミーティングに参加したときは「下川町で楽しく暮らしていくために、自分たちに何ができるか」というテーマでしたが、内容があまり理解できなくて圧倒されました(笑)。でもある時「りくらし」の情報をメンバー全体で共有しながら活動を続けるために、事務局を設置することになりました。私が「協力隊で時間があるから、やりましょうか?」と引き受けてからは、だんだん楽しくなっていきましたね。その頃から地域のいろんな場に出て行くようにもなって、総合計画審議会委員をやらないかと声をかけてもらったり、他の活動に参加したり。「りくらし」をはじめとするみんなの熱量に引っ張られた結果だと思います。

それに、まちづくりと一言に言っても、いろいろな捉え方があると思っていて。小学6年生の授業でまちづくりの話をしたことがあったんですが、生徒の一人が「私たち、子どもだから何もできないよ」と言っていたのが、すごく印象に残っています。

まちづくりって、子どもたちが自分たちの興味のあることに挑戦するとか、学校生活がもっと良くなるとか、そういうことでもあると思うんです。

子どもたちは才能の塊ですよね。みんな、それぞれに必ず良いところがある。たとえば、誰かに嫌なことをされても、やり返さずにグッと我慢したり、周りを思いやれたり。私は子どもたちの才能を、どうやったら伸ばしてあげられるかなって、いつも考えます。それに、子どもたちがやりたいことを実現できる地域でありたい。その場を作ったり楽しんだりすること自体が、もうまちづくりだと思うから。

楽しい記憶や体験を子どもたちに届けたい

今は「森の生活」が行っている森林環境教育事業と森林体験事業を手伝ったり、町内唯一の精肉店「キクチ」でアルバイトをしたりしています。「キクチ」は協力隊時代からお手伝いをしていました。森林環境教育については、富良野自然塾でも環境教育に携わる仕事をしていたこともあり、依頼をいただいたのをきっかけに今でも関わっています。

他にも、地域学校協働活動推進員という仕事もしています。週に1日、小学校に行って地域と学校の活動を繋ぐ役割ですね。小学4年生から6年生は、クラブ活動を通じて自分の興味のある体験活動ができます。各プログラムの講師を町内の方々にお願いしているので、その予定調整をしたり、一緒に活動内容を考えたりするのがメインの仕事です。

あとは、私が学校の様子を少しでも知れるようにという教務の先生の計らいで、時々授業のサポートに入っています。困っていそうな子に声をかけたり、一緒に楽しみながら授業に参加して見守ったりする役割です。

クラブ活動も森林環境教育も、地域の講師の方や先生たち、森の生活のスタッフと「子どもたちにどうやったら楽しんでもらえるかな?」と一緒に考えています。どれだけ子どもたちの記憶に残るような体験を提供できるかが大事だと思うので。

そういえば以前、嬉しいことがありました。当時の5年生が学習発表会で今までの学習の振り返りを劇にして発表したのですが、劇中で2年生の時の森林環境教育で実施した「動物のお弁当作り」というプログラムを紹介してくれたんです。動物たちが喜んでくれそうなお弁当を、枝や木の実を使って作る活動なんですが、みんなの心や記憶の中に残ったんだなと思うと、すごく嬉しくて。

あとは、いろんな大人と触れ合うことで、いろんな考え方があることも知ってほしい。学校や家では体験できないことや知らなかった価値観に出会うことで柔軟な考え方ができたら、子どもたちがこの先、何かにつまづいた時に助けになるんじゃないかと思います。

最近Uターンで戻ってきた方の話も、印象的でした。その方は高校を卒業して町外に引っ越す際、町内の人に「下川を出ても、はるころ日記(町内の方が書いているブログ)を必ず読むこと!」と言われたそうなんです。その言葉がずっと残っていて「実際に読み続けていたら下川愛が増しちゃったんだよね」と話していました。ブログを読むように言った方は「私、そんなこと言ったっけ?」と覚えていませんでしたが(笑)。私も、今の中高生に声をかけられるような関係性が作れたら、どんなに良いだろうと思います。

子どもたちの多くは、一度は下川を出るだろうし、私はぜひ町外でいろんな出会いや経験をして欲しいと思っています。でももし「やっぱり下川が楽しい」と思って戻ってきれくれたら、最高ですね。

1日の予定

ON

06:30 起床
09:00 こども園にて森林環境教育。年少さん向けの「月1の森のあそび」
11:30 振り返り、片付け
12:00 お昼ごはん
13:00 小学校で授業のサポート、クラブ活動の準備
16:00 自宅で仕事のメール対応や個人の会社の作業
18:00 夕食の準備
19:00 夕食、Eスポーツ観戦
01:00 就寝

OFF

10:00 起床
11:00 掃除・洗濯など家のこと
12:00 昼食
13:00 自宅で絵を描いたり、のんびり
18:00 「コーヒーのアポロ」で飲み会
23:00 帰宅
01:00 就寝

Text/Photo:Misaki Tachibana

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